読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Yohko-Mayumi’s blog " Forest Dance "

うみいき やまいき そらいき こころいき めぐるえなじー

『神戸のキセキ☆病をいやすちから』

 
 
『神戸のキセキ☆病をいやすちから』
 
 
 
 
カタカムナの世界など、
 
みえない世界のことを知って、
 
愛のエネルギー、
 
ひかりに癒しのちからがあることを知りました。
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527060606j:image
 
 
以前は、
 
看護師として、
 
医療従事者として、
 
科学的には証明されていないと、
 
なかなか受け入れることができませんでしたが、
 
みえない何かが病を癒すという場面には、
 
何度か出会いました。
 
そして、
 
私自身もそれを体験しました。
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527060853j:image
 
 
2006年の夏のことです。
 
当時35歳。
 
 
 
元夫の両親の住む神戸へ、
 
かわいい孫たちの顔をみせてあげたいと、
 
仕事で忙しい元夫の夏休みを待たずに、
 
1歳と4歳の息子二人を連れて、
 
遊びにゆきました。
 
 
 
羽田発、神戸行きの飛行機に乗るため、
 
横浜の両親に空港まで車で送ってもらいましたが、
 
当日の朝から高熱を出してしまい、
 
蒸し暑い真夏のなか、
 
悪寒が止まらず、
 
空港のトイレで持っている服を何重にも着込んで、
 
子供たちを連れて無理やり飛行機に乗りました。
 
お得な早割り♪
 
でキャンセルするのが嫌でしたので^ ^
 
 
 
 
翌々日には熱は下がりました。
 
しんみりとじっとしいるのが嫌いなおバカな嫁は、
 
えいっと氣合いを入れて、
 
義理の両親を誘って、
 
神戸観光へ出かけました。
 
バギーに乗るのを嫌がる息子をおんぶし、
 
神戸の急な坂を登り、
 
異人館などをみてまわりました。
 
異人館は、
 
子供たちを義母に見てもらい、
 
義父と二人で中をみてまわりました。
 
、、、そこからなんだか寒気がして、
 
とても嫌な感じでした。
 
 
その帰りです。
 
歯が噛み合わないほどの
 
激しいシバリングからはじまり、
 
帰宅すると、
 
人生初の41度以上の熱に倒れました。
 
下痢と嘔吐がとまらず、
 
ほとんど気絶。
 
義父が救急車を呼んで付き添ってくれて、
 
夜間救急で一晩点滴を受けました。
 
点滴を受けているあいだ、
 
義父は、
 
「頑張って来てくれたんだね。
 
かわいそうに、、、かわってやりたいもんだ」
 
と、やさしく頭を撫でてくれたので、
 
涙がぽろぽろとこぼれました。
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527062029j:image
 
 
 
義父は食品製造会社の神戸の工場長として、
 
阪神淡路大震災から復興が進まない神戸に赴任しておりました。
 
神戸の新工場を計画し完成間近のところで工場長を解任され、
 
関連子会社の社長に就任したばかりでした。
 
工場長の解任と、
 
その工場でのトラブルが原因で
 
義父は精神的にとても落ち込んでいたので、
 
義母にも声をかけられ、
 
孫たちの顔をみれば元気になるだろうと、
 
訪れた先での、、、私の失態、、、。
 
逆に大変な心配をかけてしまった。
 
ほんとうにバカな嫁にやさしくしてくれて、
 
ありがたくて涙がこぼれました。
 
 
 
夜間救急で38度台に熱が下がり、
 
帰宅しました。
 
半日ほど休んでいると、
 
突然、右眼が開けられなくなり、
 
眼球が腫れて涙がとめどなく流れて止まらなくなりました。
 
あわてて眼科にゆくと、
 
とても深刻な顔で医師に言われました。
 
 
 
「まったく原因がわからないが、
 
過去にこの同じ症状で
 
3日後に突然亡くなった方がいます。
 
今すぐ大きな病院へ入院して
 
精密検査を受けてください。」
 
 
 
 
あわてて、
 
当時、
 
神戸に住んでいた兄に付き添ってもらい
 
即、入院。
 
横浜の母を呼び、
 
世話をしてもらいながら、
 
毎日検査をしました。
 
 
 
不安いっぱいで心細く、
 
熱は一向に下がらず、
 
原因もわからず、
 
右眼は角膜が真っ白になり、
 
片眼は失明かもしれないと言われました。
 
そして、
 
眼科医が言っていた、
 
3日後に死ぬかもしれない、、、。
 
、、、実際、ちからも出ず、
 
このまま死ぬかもしれない、
 
と思いました。
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527062106j:image
 
 
 
ふと、
 
死ぬかもしれないと思ったら、
 
なぜか、
 
急にホッとしました。
 
いろいろあったけれど、
 
立派な両親の元で育てられ、
 
仲の良い姉、兄、妹に恵まれ、
 
愛する人と結婚し、
 
かわいい子供たちも授かり、
 
大好きな波乗りもたくさん楽しんで、
 
忙しくて大変だったけれど、
 
好き勝手にやらせていただきながら、
 
何の悔いもなく、
 
ここまでとても充実した人生だった♪
 
これからは、
 
お金の心配や
 
大変な子育てからも解放されて、
 
天国にゆける❤︎
 
、、、どっぷり、
 
死ぬ間際のヒロイン気分に浸りました。
 
 
 
 
ところが、、、、
 
 
 
しばらくすると、、、
 
 
 
ああ、でも、
 
こんなに呆気なく死ぬのなら、
 
もっとやりたい放題でもよかったかも♪
 
お義父さんは女の子の孫もほしい
 
なんて言っていたから、
 
もう一人産めばよかったかな。
 
恋もたくさんすればよかったな。
 
あ、ヨーロッパにまだ行ってないなあ。
 
妹の住むアリゾナにもまだ行っていないし。
 
片眼が見えなくても、
 
まだまだイケる!
 
この症状だと膠原病かもしれないけど、
 
闘病しながらも、
 
楽しく頑張るひとたちはたくさんいる!
 
 
 
 
、、、だんだん、だんだん、欲が出てきて、
 
 
こんなところでくたばってはいられない!!!
 
 
と、
 
思いはじめたら、、、
 
 
 
、、、熱が下がってきました。
 
真っ白で何も見えなかった角膜も、
 
みるみるかすみがとれてゆきました。
 
まだフラフラだったけれど、
 
外も歩けるようになってゆきました。
 
久しぶりに触れたシャバの空気は、
 
とても美味しかったし、
 
この世は、
 
ほんとうにまぶしかった。
 
お日さまも、
 
木の葉をゆする風も、
 
澄んだ空も、
 
なにもかもがキラキラしていました。
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527062228j:image
 
 
眼はキセキ的に残痕もなく回復し、
 
不思議なほどキレイだと医師に言われました。
 
そして、
 
退院間近の検査。
 
視力をはかると、
 
なんと、
 
もともと両眼とも0.3だったのが、
 
両眼ともメガネ無しの1.0になっていました!
 
これには、
 
眼科医も首をかしげました。
 
不思議なこともあるもんだと。
 
 
 
その頃は、
 
治療のために使ったステロイド点眼が、
 
視力を回復させたのかなと思っていました。
 
 
 
 
2014年の冬からはじまった
 
不思議な出来事の数々。
 
みえない世界を感じるようになってきた今、
 
あれは、、、
 
病気が治ったのは、
 
視力が回復するなんて 
 
お得なオマケもついてきたのは、
 
ステロイドのおかげでも、
 
キセキでもなんでもなくて、
 
私たちがもともと持っているちから、
 
愛のエネルギーとか、
 
ひかりの癒しのエネルギーとか、
 
望んだことが現実化するとか、
 
そういった類いのものだったのかな
 
と思いました。
 
 
 
遠い昔に置いてきてしまった叡智。
 
少しずつ思い出せるよう、
 
2006年の夏に、
 
スイッチをONにしたようです。
 
 
 
病氣が回復すると、
 
当時アリゾナに住んでいた妹のお招きで、
 
セドナを訪れることができました。
 
静かな赤い大地で、
 
鼻から脳を突き抜けるような
 
高音が鳴り響きました。
 
それは、
 
これからはじまる数々の出来事を知らせる
 
ファンファーレのようでした。
 
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527055110j:image
 
 
 
アリゾナから帰ると、
 
「かわってやりたい」
 
とやさしい言葉をかけてくれた義父が、
 
悪性リンパ種で急遽しました。
 
なんだか、
 
命がけで守ってくれたような氣がしました。
 
 
 
亡くなってすぐに、
 
娘を身ごもりました。
 
天国からのプレゼントだ、
 
と、思いました。
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527055751j:image
 
 
 
それからは、
 
 
末永く幸せに暮らしました、、、、
 
 
、、、というわけにはゆきませんでした。
 
 
 
 
産後の鬱病、別居、子供の不登校、離婚、宿無し、
 
などなど、
 
いろいろなものが、
 
どんどん手からこぼれおちてゆきました。
 
それは、
 
みえない世界を知るための、
 
手の込んだシナリオでした。
 
 
 
 
あの夏の出来事が、
 
そのシナリオの
 
ほんの序章に過ぎない、
 
などとは、
 
当時、
 
命拾いをして
 
人生やる氣満々だった私には、
 
知る由もありませんでした。
 
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527055325j:image
 
 
 
 
2014年の暮れに、
 
亡くなった義父に呼ばれて訪れた
 
神戸の保久良神社で、
 
2006年の病氣からの出来事が、
 
走馬灯のようによみがえりました。
 
【『おじいちゃんによばれた保久良神社とカタカムナ
 
 
 
************
 
 
いろんな糸が繋がって
 
時間も場所も飛び越えて
 
思いのままにひとり旅☆
 
冬の海も
 
木々を渡る風も
 
キラキラ笑いかけてくれました^ ^
 
 
 
f:id:yoomayu:20160527055611j:image
 
 
 
************
 
 
 
みんなはじめから決められている物語に、
 
これからもすべて委ねれば良いんだ。
 
 
 
 
ありがたくて、
 
心がふるえて、
 
いつかのセドナとおなじ高音が、
 
まるでファンファーレのように
 
鳴り響くなかで、
 
たくさんたくさん
 
涙をながしました。
 
 
 
神戸でのキセキは
 
まさに
 
神々の世界へゆく戸を
 
開いた出来事。
 
愛のちから、
 
ひかりのちからを思いだす旅の
 
はじまりでした。
 
 
************
 
 
ひかりのたびは
 
いのちへのギフト
 
うまずたゆまず
 
ひたむきに
 
 
************