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Yohko-Mayumi’s blog " Forest Dance "

うみいき やまいき そらいき こころいき めぐるえなじー

『Help! Help! ☆空間をこえてとどく声』

 
 
 

『 Help! Help! ☆空間をこえてとどく声』

 
 
 
訪問看護をはじめた1999年のある晩、
 
突然、
首と胸がくるしくなって、床をのたうちまわりました。
 
心配した元夫が、救急車を呼ぼうかと。
 
しばらくするとおさまりましたが、原因がわかりませんでした。
 
次の日、訪問看護の事務所にいくと、受け持ちの利用者さんが亡くなったので、その日の訪問はキャンセルだと。
 
 
 
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ふと、夕べの首と胸の痛みのことが頭をよぎり、
 
お知らせだったのかな、
 
と思いました。
 
 
そのときから、
受け持ちの利用者さんが亡くなる前はいつも、首と胸の痛みが教えてくれるようになりました。
 
でも、どの利用者さんか、というのは、わかりません。
 
 
そのうちに、
 
地震など、大地のエネルギーが大きく動く前にも痛みがあったり、熱を出したりすることがあることに氣づきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
昨年の夏、長く受け持っていた患者さんが亡くなりました。
 
その頃、
少し、仕事を離れていたので、
彼が亡くなったと聞いたのは、
しばらく経ってからでした。
 
 
亡くなった日にちをスタッフから聞いて、おどろきました。
 
 
その日は、夏の岡山・出雲のドライブ旅行から帰ってきて、一週間ほどたった日。
 
 
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早朝、
 
どこからか、呼ばれたような氣がして、
目が覚めました。
 
 
「Help! Help!」
 
 
と聴こえましたが、
 
 
やがて、
早朝のカラスたちのカアカアという鳴き声と重なって、
 
氣のせいだな
 
と思っていました。
 
 
 
 
でも、後から、
 
その日が彼が亡くなった日から一週間、初七日だったと知りました。
 
 
初七日は、故人が親しい人たちを訪れて、故人がいなくても大丈夫だということを見に来るのだそうです。
 
見送る私たちは、仏様に故人をよろしくお願いしますと、お願いする日なのだそうです。
 
 
ああ、会いに来てくれたんだ。
 
 
うれしくて涙が出ました。
 
 
彼は、私の父と同い年くらいの利用者さんで、
目が見えず、
わたしの家族の話や子供たちの話を、
いつもいつも、うれしそうに聴いてくれました。
 
私のはねっ返りぶりを、まるで自分の娘のように心配したり、誇らしげに思ってくれたり。
 
 
 
一昨年、子供たちが学校へ行かなくなったとき、
仕事を減らしましたが、彼の訪問は続けました。
 
鬱々とした毎日、体も心もきつかったのですが、
仕事に行くと氣が引き締まり、
訪問して彼やご家族の奥様に会うことが、
 
「生きる」
 
ということに繋げてくれました。
 
夫の話はあまりしなかったので、別居のことは話していませんでしたが、一人で子育てをしていることに氣づいていたようです。
 
そんな私を、奥様と彼は、とてもあたたかい目で見守ってくれていました。
 
 
 
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昨年、亡くなる前は、
 
身体の苦痛とのたたかいで、錯乱状態。
精神薬で落ちつかせると無呼吸が続き、反応がにぶくなるという状態でした。
 
亡くなったと聞いたとき、
 
 
やっと楽になったね
 
 
と思いました。
 
そして、会いに来てくれたことがとてもうれしくて、
たくさんたくさん泣きながら、
ひとりで海岸をドライブしました。
 
すると、車の中、ベット・ミドラー
 
 
『The Rose』
 
 
が流れてきました。
 
よく聴いていた曲だけれど、 
はじめて歌詞をしっかり聴きました。
 
 
 
 
Lies the seed that with the sun's love
In the spring becomes the rose
 
(種は太陽の愛を浴び
やがて訪れるだろう春に
薔薇という名の花を咲かせるのだと)
 
 
 
胸に、響いて、響いて、
涙がとまりませんでした。
 
 
彼からの「愛の贈り物」だな
 
 
と思いました。
 
 
 
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看護師として人と接する中で、
親しい人からの、このような『虫の知らせ』、
空間をこえて届くお知らせみたいなものって、
なんだろう、
と、ずっと考えていました。
 
そして、
地震などのエネルギーで空間が悲しみに溢れるときにも感じるもの。
 
 
ヒーラーの吉野さんには、それを痛みとして感じるのは、
 
起きてくる事象に善悪の判断をしているから
 
起きていることはただエネルギーの変化だけ
 
善も悪も無い
 
判断することをやめると痛みとして感じなくなる
 
と、言われました。
 
瞑想で、体から離れて、
 
体や心への痛みや恐れから離れて、
 
ただ起きていることだけを感じるようにしてみたら、
 
首や胸が苦しくなることが減ってゆきました。
 
それらは、ただ、
 
事象の鼓動や息吹なんだ
 
と感じるようになってゆきました。
 
 
 
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あらしを苦しいと感じるのは
 
地ひびきを痛いと感じるのは
 
心に思いをとどめているから
 
その思いをときはなてば
 
地球のこどうが聴こえる
 
地球のいぶきが聴こえる
 
よろこびの中に私が消える
 
 
 
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同じ頃、
インターステラー』という映画をみました。
 
ブラックホールに吸い込まれて、
戻れなくなった宇宙飛行士の主人公が、
時間も空間も超えて、娘に助けを求める、
というストーリーです。
 
 
亡くなった利用者さんからの贈り物をもらったばかり。
 
 
 
空間をこえてとどいた声は、
これだったのかな、
と思いました。
 
 
 
 
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カタカムナとの出会いで、
 
この世はあの世のうつし世、
次元の違う世界がひろがっている
ということを知りました。
 
 
この胸の中の空間と、
あの空の向こうが繋がっている
という感覚も覚えました。
 
 
 
 
この世の私たち、
 
あの世の人たち、
 
人と人、
 
生きとし生けるもの森羅万象、
 
すべて、あの世からの相似象。
 
もっとあの世からの?
 
細かいことはわからないけれど。
 
 
 
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ひかりのうずまく
 
ぐんじょういろのなかで
 
満にふれたとたん
 
空にかわる
 
ししおどしみたい
 
 
 
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時間や距離、空間の関係のない世界で、
 
お互いが繋がっていて、
 
エネルギーの変化、
 
愛の変化をお互いに感じあう。
 
 
 
 
岡山の安部山に、
 
畑田天真如さんという方がいます。 
 
苦悩の果てに京都の鞍馬山で自殺をしようとしたときにサナトクマラからお叱りを受け、鞍馬寺で修行をした方です。
 
昨年4月に、その方の講演会に行ったときに聞いたお話です。
 
若いときに講演会の中で、山をはさんで向こうの山の人と話をすることができると、言ったときに、会場の人々に大変馬鹿にされたそうです。
 
すると、会場に来ていた一人の老人が、
「あなたのお話は真実です。いつか、みんながわかるときが来るでしょう。」と言って帰られたそうです。
 
その老人は、晩年の湯川秀樹博士だったそうです。
 
 
 
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太古のくらしを続けるアボリジニは、
遠くに離れている人同士で会話をするそうです。
 
 
みんな、そのちからを持っていた。
 
 
そのちからを思い出せば、
みんながエスパーになって携帯とかPCとかがいらなくなる、
とかいうことではなくて。
 
 
 
お互いが、人に対して、物事に対して、
 
「なにか変だぞ」
 
とか
 
「不自然だな」
 
とか
 
「大丈夫かな」
 
とかいうこころの声みたいなものを敏感に感じ、
 
お互いを癒し、
 
お互いに悲しみや喜びを共有するようになったとき、
 
万事は美しく流れ、
 
バランスのとれたひとつの命として
 
ともに生きてゆくことができる。
 
 
 
 
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私たちは、そうやって、
いつか楽園に帰ってゆくのかもしれません✨( ´▽`)