Yohko-Mayumi’s blog " Forest Dance "

うみいき やまいき そらいき こころいき めぐるえなじー

『おじいちゃんによばれた保久良神社とカタカムナ』

 
 

『おじいちゃんによばれた保久良神社とカタカムナ

 
 
 
亡くなったひとは、ときどき、すてきなタイミングで、あの世から不思議なプレゼントをくれます❤︎
 
 
 
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2014年の暮れのこと。
 
友人が、
亡くなった義父からのメッセージを伝えに来てくれたことがきっかけで、
カタカムナという古代文献があることを知りました。
 
 
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カタカムナ文献は、戦後、神戸の六甲の入口にある保久良神社(ホクラジンジャ)というお社の裏山、金鳥山山中で楢崎皐月(ナラサキ サツキ・コウゲツ)という科学者によって発見され研究されました。
 
保久良神社の境内にはたくさんの巨石、磐座(イワクラ)がありますが、六甲一帯にひろがるこの地は、かつて上古代人が神々を祀った場所であり、祭礼用の石斧や銅戈、鏃、土器などがたくさん出土しています。
 
昭和24年、楢崎皐月はここで出会ったカタカムナ神社の平十字(ヒラトウジ)という老人からカタカムナという文献を見せられました。
 
カタカムナ文献には、不思議な文字が描かれていて、その文字の解読を長年にわたって研究されたそうです。
 
そこには、今の日本語のもとになるような、古代のことばによる詩がつづられており、それは、この世のつくりをうたったものであるということがわかってきました。
 
 
 
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☆私たちをとりまく物質世界は、その背後に存在する潜象(センショウ)界がつくりだしたのもの。
 
☆潜象界は多次元でそこにはアマナと呼ばれる、とても小さな粒が存在していて、その粒の集まりであるヌシという創造主は、意識とか愛とかいうかたちでこの世に作用してきているということ。
 
☆物質やいろいろな出来事もそこからの作用で、この世にあらわれていて、みな、すべてナミ、振動であるということ。
 
 
 
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このことを知ったとき、幼いとき感じていたある感覚がよみがえりました。
 
小学校の教室で、机に座って授業をうけていたときのこと。
 
ふと、先生の声やまわりの音が遠くなって、机や、黒板や、空気や、その他いろいろなものがブルブルと振動し、みな動いているような氣がしてきました。
 
すぐにおさまったけれど、それはとても賑やかな世界でした。
 
その後も、ときどきその体験をしたけれど、
カタカムナに出会ってはじめて、あの感覚が何であったのか、その意味がわかりました。
 
 
 
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また、東日本大震災のあと、
大自然の脅威、人の手による原発からの放射能への不安、
その中で子どもたちを、どう未来へ送り出そうかと悩む日々を過ごしていました。
 
 
 
 
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そんなときに知ったカタカムナの世界。
 
 
私たちがめざしたいもの。
 
 
答えが見つかりそうな希望みたいなものに、胸が震えました。
 
古代のひとたちはとうの昔にそれを知っていて、文献にまでしている。
 
 
学校では、教えてくれなかったこと。
 
 
古代の歴史についても、教えてくれたのとは全く違う。
 
 
これが事実であると、実証することはなかなか難しいだろうけれど、
いわゆる『カン』が、
これは本当だといっている。
 
 
 
たしかに、もう一つの世界も、体感があった。
 
〈もうひとつの世界の体感について…
『みどりのおばけ☆しゅうっとママにはいる』http://yohko-mayumi.hatenadiary.com/entry/2016/05/01/125828
 
 
 
 
亡くなった義父は、働いていた食品製造会社の神戸工場が当時、阪神淡路大震災から五年経ってもなかなか復興できずにいたため、
その立て直しに工場長として神戸に赴任していました。
 
 
2006年の夏、
当時4歳の長男と1歳の次男を連れて、神戸の義理の両親のところへ遊びに行きました。
 
出発の朝から体調を崩していた私は、
神戸で救急車を呼ぶほどの高熱にたおれ、
右目が原因不明のブドウ膜炎で失明寸前になり、10日ほど入院をしました。
 
そのとき、
横浜からかけつけた母とともに、
神戸の義父は親身になって面倒をみてくれました。
 
義父は、
 
「かわいそうに、かわってやりたいもんだ。」
 
と、頭をなでてくれました。
 
 
 
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義父は、その年の暮れ、
私がアリゾナに住む妹とセドナを旅行している間に、
悪性リンパ種でたおれ、夏に私が入院した同病院で手術をし、
私の帰国後、急遽しました。
 
 
「私の身代わりになってしまったかも」
 
 
という思いをずっとかかえていました。
 
その後、東日本大震災の年、夫と別居となり、
義父に申し訳ないという思いもかかえ、
亡くなってしまったけれど、
あの世で合わす顔がないな、と思っていました。
 
 
そこへ、2014年の暮れに、
友人が義父からのメッセージを届けてくれたのです。
 
 
〈亡くなった義父からのメッセージ…
 
 
 
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「どこか、お義父さんとの思い出の場所とかない?
 
こう、、、急な坂か階段をのぼって、
高い森?木立の間から木漏れ日がさすような、、、
 
そこで、しっかりお義父さんを感じることができるよ。」
 
友人に言われ、ふと浮かんだのが、
お義父さんと最後のお正月に家族みんなで行った保久良神社。
 
「いつか、行ってみるよ。」
 
と答えましたが、
 
一晩寝て、早朝、目が醒めると、
 
「あれ?昨日、お義父さんの命日?」
 
ということに氣づき、鳥肌が立ちました。
 
その日は、たまたま子どもたちはみんな横浜の実家に泊まっていて、なぜかひとり身でした。
 
19年に一度の朔旦冬至(さくたんとうじ)の前日、冬の遅い夜明け前。
 
支度をすると、すぐに神戸へ向かいました。
 
保久良神社で、
高い耳鳴りの中で、ひかりと風の中で、
たっぷりお義父さんを感じました。
 
 
『しあわせになって良いんだよ
    しあわせになりたいとおもって良いんだよ』
 
 
たくさん泣いて、
 
「ありがとう」
 
と言って帰ってきました。
 
 
 
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たくさん磐座の並ぶ不思議な神社。
 
 
なぜあそこに呼ばれたのか
 
 
保久良神社について調べてみたら、
カタカムナに出会いました。
 
衝撃的でした。
 
子どもたちのことで、
夫とのことで、
自分の存在について悩み、
この世でうろうろと迷っていた私に、
あの世からすてきなシナリオで、
義父が教えてくれたのが、カタカムナ
 
 
そんな氣がします。
 
 
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ひかりのたびは
 
いのちへのギフト
 
うまずたゆまず
 
ひたむきに
 
 
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昨年の秋、再び、保久良神社に行きました。
 
数日前から、ときどき、どこからか、
 
『こっちこーい、こっちこーい』
 
と、聴こえてきたので、
なんとなく行ってみました。
 
今度は子どもたちを連れて。
 
 
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境内の磐座に溶け込むと、深くどこまでも優しい空間。
 
古代の人々がこの空間を、みなで共有している景色がみえました。
 
ふいに、古代の女のひとがあらわれて、
 
なぜか、
 
「アメノウズメかな」
 
と感じました。
 
 
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子どもたちと裏山の金鳥山の途中まで登って夕陽をみました。
 
『あなたは大丈夫、もう、来なくてもいいよ』
 
 
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帰りの東名のサービスエリアで車の中からみたお月様が、にっこりほほえんでくれました❤︎
 
 
 
 
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いつか、明石大橋を渡り、
鳴門の渦をみなで見に行ったときの、
笑い声が聴こえてきました。
 
 
 
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冷水がきえて
 
歓喜だけがのこるなか
 
いくつものため池を
 
目でとびながら
 
ながれてゆく
 
景色がよんでる
 
鳴門のうずのうえで
 
笑いころげた
 
わたしをみてたのは
 
やさしいまなざしと
 
ここのわたし
 
 
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こちらのホームページは、保久良神社の磐座とカタカムナについて、とても詳しく解説してあります。
 
 
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【…昭和24年、この神社が鎮座する金鳥山で、楢崎皐月カタカムナ神社の平十字という老人からカタカムナという文献を見せられている。
そのカタカムナ文献は、幾何学的な円と直線からなる図象文字で書かれており、楢崎は、満州で交流していた蘆有三(ラウサン)導士から聞かされたアシア族の八鏡化美津文字(ハッキョウカミツモジ)ではないかと考え、これを翻訳することに成功した。…】
 
 
 
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